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第5話「雨、逃げ出したあと」

 葛城ミサトの作戦は単純にして確実だった。

 第三使徒戦と同じく、国連軍のN2爆弾で使徒を足止めし、その隙に初号機でとどめを刺す。絶対安全被害無し、のはずだったが。

「断る」

 国連軍から拒否された。そんな言葉遣いじゃなくて、あれこれ虚飾されてはいたが、言ってることは同じことだ。

 ネルフいぢめ、ではない。無い袖は振れないのであった、国連軍も。

 N2兵器はそもそも戦略兵器である。曲がりなりにも独立国である日本にそんなものを打ち込めば、大騒動になってしまう。

 前回使ったN2地雷は、それを無理矢理に戦術兵器に転用したようなものだが、まだ実験段階の試作品なので、あれ一発で終わりだった。

 さらに言えば、使徒殲滅に足る兵器だと思えばこそ、国連軍の威信をかけて無理から政治家を説き伏せ使用に踏み切ったのだ。足止め程度の使い走りにしていい兵器じゃない。国連軍最高司令官が、たかだかネルフの作戦部長程度からの依頼でクビをかける気にはならなかったのを責めるのは酷だろう。

「今回、パス。君らに任せる」

 というような意味のことを、だらだら社交辞令と形式張った作戦遂行権委譲書に包んで放り投げられてしまった。

「むっきー」

 と、これは実際にその言葉通り叫んだ、葛城ミサトが。



「で、どうするの?」

 リツコの問いにううんと頭を抱えるミサト。

「兵装ビルの稼働率は、まだ低いっしねえ。ここでドンパチはやりたくないんだけどさ」

 とは言っても、国連軍が『一抜けた』した以上、ネルフの戦闘権限は第三新東京市に限られてしまう。

 国土防衛と言うことで戦略自衛隊は布陣しているが、日本固有の軍隊への指揮権などはいくらネルフでもないし、エヴァとの連携など望むべくもない。

 それに、戦略自衛隊の戦力程度じゃ、使徒にかすり傷一つ付けることはかなうまい。

 安全確実作戦が消散して、行き当たりばったりの出たとこ勝負作戦だけが残った。

「勝てるのかなあ?」

 とは指揮官として口が裂けても言えないが、目は口ほどにものを言った。

 そんなミサトにリツコは薄く微笑んだ。

「大丈夫よ。シンジくんと初号機、伊達じゃないわ」

 どこからそんな信頼と自信が湧いて出てくるのか、ミサトにはよくわからない。この女は三週間同居っていうか同棲しているせいで、いつもの沈着冷静マッドサイエンティストとしての目が曇っているのではなかろうか、と胡散臭げに見つめ返す。

 赤木リツコ博士は、しかし、ミサトのそんな視線などお構いなしに、この非常事態下にあって下手すりゃ妖艶とも見えるような流し目で、コンソールのモニタに語りかけた。

「どう、シンジくん?」

 緊急呼び出しで学校を早退させられた碇シンジは、すでに初号機エントリープラグにあった。LCLにぷくぷく泡をたてて、モニタの向こうから発令所を覗いている。

『あ、大丈夫です、たぶん』

 言葉遣いはまるっきり大丈夫そうじゃないが、落ち着いた態度にびびってるようすはまったくない。面倒事は早く済ましちゃいたいなあ、ってな調子だ。

 これから単身、前線に立とうとする14歳の少年のその態度に、発令所の面々も、そうか大丈夫なのか、たぶん、と肩の力が抜けていく感じを覚えた。

 さすがはまあ碇司令の息子だけの事はあるわね、とミサトはちょいとばかり見直しかけたが。

『あ、あの、攻撃はぼくの好きなようにやっていいですか?』

 とんでもないことを言われて、一瞬にして沸騰する。

「シンジくん? あなたはパイロットなのよ。作戦を考えるのはあたし。あたしの命令通りに動いてちょうだい!」

 があ、やっぱ憎たらしい、憎たらしすぎるガキだわ。



 もちろん葛城ミサトの言うのは正論だが。

 碇シンジとしては、自由に動きたかった。同じ使徒でも、パレットライフルが効く相手と効かない相手がある。

 今の時点のミサトさんじゃあ、ATフィールド中和しながらパレットライフル斉射くらいの作戦だろうなあ、と『前回』の記憶をもとに正確に予想しているシンジ。

 クモみたいな変な使徒はパレットライフルに弱かったが、こいつには効かないし。

 光る鞭をびゅんびゅんふってくるから、それを避けつつ間合いに入ってナイフでしとめるつもりでいる。ライフルなんて構えさせられては邪魔なだけだった。

 ミサトさんに従ってるふりをしながら使徒を殲滅できるほど、ぼくって器用じゃないんだよね。

 とか思い悩んでいる間に、使徒が侵攻してきたらしい、ガクンとGがかかって初号機が射出された。



『ばか、爆煙でマトが見えない!』

 のも予想して控えめに引金をしぼったシンジだが、あいにくとフルオート射撃だった。

 煙に閉ざされた向こう側からびぃよよんと伸びてきた光る鞭に掴まれ、やっぱり遠く投げ捨てられてしまった。

 ほら、言わんこっちゃない。

 ミサトもそう思っただろうが、シンジもそう考えて唇をそっと尖らせた。

 それでも焦ることはない。

 ま、プログナイフでコアを刺したら死ぬんだし、と。『前回』をなぞるだけの話だ。第三使徒戦が楽勝過ぎたのだろうと諦めはつく。

 インダクションレバーをかちゃりとひと引き。肩部装甲からプログナイフを取り出す。

 さて、というところで再び発令所から通信が入る。

『シンジくん、その二人をエントリープラグに乗せて!』

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 へ? と視線を動かして初めて、エヴァ初号機の足下に震える二人の級友に気が付いた。

 鈴原トウジと相田ケンスケ。腰を抜かして見上げていた。

「なにやってんだよ」

 シンジの瞳が冷たく凍った。

 トウジたちってさ、『以前』は、ぼくを殴っちゃったからその責任をとるとかどうとか、だから戦闘を見守らなきゃいけないとかなんとか思ってシェルタを抜け出したんだ、とか言ってたよなあ。

 でも『今回』は殴られてなんかないのに。っていうか、口もきいたことないのに。

 それでもやっぱり見に来てるんじゃないか。

 結局ただの好奇心なんだ、トウジにしたって……。

 シンジは心のどこかがひどく冷めていくのを感じた。

『越権行為よ、葛城一尉』

『エヴァは現行命令でホールド。その間にエントリープラグ排出。急いで!』

 だからシンジは答えた。

「いやです」

『ちょ、シンジくん!?』

 そんなことをしたらシンクロが落ちちゃうじゃないか。

 巻き込まれるのはトウジたちのせいだもの。そんなに死にたいなら……死んじゃえ。



 エヴァ初号機は足下の少年たちには構わず、使徒に立ち向かった。

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