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第4話「レイ、心のむこうに」

――うーん、つまんない。

 けだるい午後の教室でシンジはぼんやりと端末を眺めていた。

 教師は生徒たちの授業態度には興味がないようで、あちらこちらから聞こえてくる私語にも頓着せず、たんたんと講義を進めている。

 教室のど真ん中、高いびきで熟睡しているジャージ少年にもお構いなしだ。そばかすにおさげの少女だけが、まじめにしなさいよと言いたげな視線をジャージにちらほらと。

 そばかすにメガネの少年だけは、ガチャガチャと絶え間なく端末のキーを叩いているが、ノートを取っているわけはないだろう。

 昨日の恋愛ドラマの話題やら週刊誌の漫画の話題やらがこそこそと交わされ続ける教室で、シンジに注目するような瞳はまったくなかった。

 まえのときはさ、とシンジは考える。

 ロボットのパイロットなの、とか訊かれて。わあっと注目をあびて。今度はまえよりもうちょっと渋く答えて決めてやろうと思ってたのになあ……。

 使徒が第三新東京市に侵攻する前に戦いを終えていた。第三市の被害はゼロだったおかげで、ネルフの報道管制はばっちり決まっていた。誰もエヴァと使徒との戦闘を目撃していないので噂にものぼらない。

 シェルタが壊れるなんてこともなく、鈴原トウジの妹もぴんぴんしているらしい。だから、シンジが転校してきた教室に、ジャージ少年の姿は最初からあった。

 それはそれでいいのだが。

 相田ケンスケも鈴原トウジも、シンジにはひとかけらの興味も示そうとしない。

 疎開する連中もいなかったので、クラスメイトの欠けもない。遷都を控えて人口がどんどん増えている、そんな中の珍しくもない転校生のひとり。

 なにが目立つわけでもないシンジは、ぽつりと取り残されてしまっていた。

 はあ、と溜息をつくシンジ。

 綾波が出てきたら、ちょっとは楽しくなるかなあ、などと考えている。

 もうそろそろ退院しても良さそうなものだったが、がたがたの身体で病院を抜け出し初号機ケージまで無理に這い進んできたことが祟ったらしい、まだ登校してくる気配はない。

 とてもとてもつまらない教室だった。



 さて、その綾波レイ。

 病院のベッドでうんうん唸っている。

「……痛い。そう、身体が痛いのね、わたし」

 わざわざ言わなくてもかまわないのに、お約束な台詞をはいてしまって、ますます顔を引きつらせる少女だ。

 ちょっと焦りすぎたかも知れない。

 と、激痛の中で反省した。

 碇くんはあんな人だから、突然抱きついても避けられるだけだわ。

 そう考える綾波レイは間違っているが、彼女に責任はない。ぶつぶつと繰り言は続く。

 碇司令を裏切ってまで、せっかくひとつになろうとしたのに。フィフスチルドレンとユイ博士のせいで碇くんは「もう一度カヲルくんに会いたい」なんて言って過去に戻ってしまった。

 もう少しでとても気持ちのいい世界に溶け込めたのに。

 なんとかフィフスがこの世界に生まれる前に、碇くんとひとつにならなければ。どうすればいいのだろう。

 そう、ヤシマ作戦。ヤシマ作戦前のわたしの部屋での出会いがポイントね。碇くんから押し倒してもらえる貴重なチャンス。

 どいてくれる、なんて今度は言わない。そのまま碇くんとひとつに融合してサードインパクトに突入するの。問題ないわ……。

 と、決意も新たに綾波レイ。ぐっ、と拳を握りしめて……ギブスに固められた腕にまた激痛を走らせてしまった。

 じわっと瞳に涙が浮かぶ。

 これは涙。なぜ泣いているの、わたし? とボケをかます余裕はなく、悶絶した。



「どうなのよ、リツコ? 彼氏のようすは?」

 えへらえへらと下卑た笑みを浮かべて葛城ミサト。碇司令の出張による不在でどこかのんびりした発令所で、金髪の科学者をからかう。

「やっぱ中学生って絶倫?」

 赤木博士はコンソールに目を向けたまま返事をしない。

 代わりに作業の助手をしていた伊吹マヤが蔑むような視線を向けてきた。

「葛城さんって、ふけつ」

「いいのよ、マヤ。ミサトの頭にはビールとセックスのことしかないのよ」

 相手にすること無いわ、と軽く流すリツコだった。

「なによ。余裕ね?」

 むっとしてミサト。

「あなたに余裕が無さすぎるの。そんなことじゃあ、いざというとき指揮が出来ないわよ?」

「あたしが悪いっての? なにさ、レイもシンジくんも取り込んじゃって。パイロットは作戦課の管轄なんだからね」

「あなたのほうが避けてるんじゃないの」

 呆れたそぶりで揶揄するリツコの横で、マヤもうんうんと頷いている。

「避けてるわけじゃないわよ。ただ、あの年頃の子どもって付き合ったことないし」

 なにを考えてるのか分からない、と唇を噛むミサトだ。失語症で少女時代の思い出はない。接し方のスタンスを決めかねて、レイともシンジともうまくコミュニケーションをとれないでいた。

 思い切って自分がシンジを引き取っていれば、また別の展開もあったかも知れないが。

 やれやれとばかりにリツコは肩をすくめた。

「うちに一度遊びに来る?」

「リツコんちに? シンジくん、嫌がるんじゃないのお?」

「まさか。良い子よ、とても、シンジくんは。碇司令に似て不器用だけど」

「そりゃ親子だから、似てるでしょうよ」

 似てるって何が? と聞いて欲しかった赤木リツコは、さらりと肯定されてとても悲しかった。決めゼリフが宙に浮く。

「んー。シンジくんと3Pかあ。ま、考えとくわ」

「誰がそんなこと言ったの!」

 いまひとつドラマにならない発令所だった。

 下品な猥談はやめて欲しいなあ、と青葉シゲルと伊吹マヤは頭を抱えていた。

 残るオペレータの日向マコトは。

……そうか、葛城さんはビール瓶でセックスをするのか。

 妄想にひたっていた。

 そのマコトのコンソールがビビビっと警報を発して、そろりそろり侵攻してくる第四の使徒の接近を告げた。

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