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第23話「嘘と沈黙」

「変態?」

 惣流アスカの思わず漏らした声が、綾波レイの至福をばっさり切り裂いた。

 ぴくりと揺れる、白のプラグスーツに包まれた肩。

 綾波レイは鼻に押し当てていたシンジの下着をゆっくりと降ろして、やばっと冷や汗流して立ちすくんでいた惣流アスカを振り返った。

 相変わらず能面だが、目尻がいつもより2割増し、つりあがっている。細い秀麗な眉がきゅきゅきゅと皺寄せられている。

「な、なによ?」

 少々焦って声が裏返ったアスカに、綾波レイは静かに告げた。

「……わたしは、変態じゃない。だって、わたしはあなたじゃ、ないもの」

 ついでににやりと口元を歪める。

「な、な、なんですって!」

 ぶち、と。

 惣流アスカの血管の切れる音が、ロッカールームに響いた。



「なにやってんだよ、ふたりとも」

 はあと溜息ついて、救急箱から絆創膏を取り出す碇シンジ。

 赤木リツコ邸である。

 顔中をひっかき傷だらけにした二人の少女が、ふくれっ面でちょこんと座って、シンジの治療を待っている。

 ロッカールームで大暴れしていたのを、シンジに止められて、連れてこられたのであった。

「あ……痛いの、碇くん。もっとやさしく、して」

 消毒液がしみたのか、おかしなことを口走る綾波レイに、また惣流アスカの足蹴りが飛ぼうとしたのを、慌てて抑えるシンジだった。

「ほら、アスカも。いいかげんにしなよ。なんでそういっつも喧嘩ばかりしてるんだよ」

「なによ、シンジのくせに偉そうに」

「ほら、動かないで。絆創膏がずれちゃうじゃないか」

「う、うん」

 ぺたぺたと顔に絆創膏を貼られながら、その優しい手つきにちょいと惣流アスカは頬を赤らめた。

 その様子にむっとしたのか、綾波レイ。

「碇くん、ここも痛いの」

 スカートまくり上げて太股をさらそうとするから、また、惣流アスカが暴れ出す。

 間に挟まれ、弱り果てたシンジへの助け船は、笑いながらリビングに入ってきた赤木リツコ博士の手に持つケーキと紅茶だった。

「若いって良いわね」

 赤木博士はにこやかに感嘆した。

「なによ、それは」

 ケーキを頬張りながらも、怒りはまだおさまらない惣流アスカ。

「シンジくんを取り合っての喧嘩? なにも傷だらけになるまで争うことないのに。可愛い顔がだいなしじゃないの」

「そんなんじゃないわよっ」

 じゃあ、どんなのだよ、と訊かれると困ってしまうのだが、とにかく、そんなんじゃない、と思う惣流アスカなのだ。

 その様子にも赤木リツコはおかしそうに笑った。

 綾波レイは、しずかにはむはむとケーキを口に運ぶ。とりあえずは、シンジの横にくっついてケーキを食べることで満足しているらしい。

 反対側の隣に陣取る惣流アスカは、レイにひっかかれた頬の絆創膏をなでながら、シンジの肩越しに険悪な目を向けている。

 そんな二人に挟まれた、というかジェリコの壁代わりに間に座らされたシンジの困り顔を、妙に暖かな目で見ながら赤木リツコ。膝の上に乗かってきたレンタロウの喉をなでつつ、からかうように言った。

「シンジくんも、この子たちのどちらかに決めたら?」

「な、何言ってるんですか、リツコさん」

「そのほうが健康的だと思うけれど?」

「ちょっと、何勝手なこと言ってんのよ。決められてたまるもんですか」

「あら、アスカはシンジくんが嫌い?」

「そ、そんなこと言ってんじゃないけど……」

「ないけど?」

「あのねえ、あたしは別にバカシンジをファーストと取り合ってるわけじゃないんだからね!」

 こくこくと頷く綾波レイ。

「そう。碇くんはわたしとひとつになるのだから、あなたは用済み」

「うるさい」

「やめてったら」

 慌ててまた止めに入るシンジだ。

 ものすごく我が儘だ、ふたりとも、とシンジは思う。ぼくの気持ちなんか、関係ないんだものなあ。

「それよりリツコさん」

「なにかしら?」

「次の使徒、どうしたらいいんですか?」

「そうねえ……」

「次ってさ、虚数空間を使う奴よね?」

 アスカもレイにちょっかいを出すのをやめて乗ってきた。

「うん、前の時のことは、ぼくはよく覚えてないんだよね」

「初号機の中のユイさんの力で殲滅したのよ。でも、今度もそううまく発現するとは限らないわ」

「限らないわって、無責任な。リツコが作ったんでしょ。なんとかなんないの?」

「問題は、作戦指揮をするのは私じゃなくてミサトだということなのよ」

「うーん」

「これからの使徒は、やっかいだわ。どれも、ね」

「どうしようもないなら、前と同じ方法しかないですよね」

「あぶないわよ、シンジ」

「いいんだ。ぼくがやるよ。こんなところで終わるわけにはいかないからね」

 キリリとどこかを見つめて決意を浮かべる碇シンジに。

 すまないわね、シンジくん、と赤木リツコは瞼を伏せ。

 う、こいつ、ちょっとかっこいいかも、と惣流アスカは胸を押さえ。

 碇くんはわたしが守るもの、と綾波レイは思いを新たにし。

 レンタロウはのんびりとあくびをしたのだった。



 葛城ミサト作戦部長は三佐である。襟章がきらりと輝くから、それは間違いない。

 三佐といえば、ネルフ内に於いても副司令に継ぐ地位であり、対外的にはネルフ本部ナンバー3の大幹部なのだ。

 それなのに。

 どうもないがしろにされているような気がする。いや、気がするというより、たぶん、事実だ。

 三佐に昇進後、回されてくる仕事は増えた。休日出勤やら残業やらで、家にも満足に帰れない日々が続いているほど多忙だが、その内容はといえば、くだらない雑事ばかり。

 よりを戻した――あるいは身体を提供したおかげで加持くんが内緒だぞとそっと教えてくれた。ネルフ本部地下の巨大な腐肉。

 リリス、というそうだ。七ツ目玉の仮面に隠された、第一使徒アダムそっくりの巨体。

「ネルフは甘くないわね」

 そう感慨したターミナルドグマの秘密すら、公式にはミサトにもたらされていない。

 どうやらリツコは知っているらしい。ちょいとかまかけてやったら、ふわりと微笑みやがった。何も語らなかったが。

 階級的には、リツコのほうが一段下というのに、セキュリティレベルは彼女のほうが上らしい。これも気にくわない。

 いや、それどころか、自分の部下であるチルドレンたちのほうがもしかして遙かに情報を持っているのではないか、と疑われる場面も多い。

 あたしひとりが蚊帳の外ってわけ?

 むかむかと歯を噛みしめる葛城ミサトは、素直な性格ではないのである。

 教えてくんないのなら、自分で調べてやるわ。

 でも、さて、どうするか。手駒は多いほうがいいかもね、とミサトは最も信頼できる日向マコトの後ろ姿を見つめた。

 あんたの好意を利用するようで悪いんだけど、さ。

「ねえ、日向君?」

「はい?」

 甘ったるい上司の声に、胸を躍らせる純情な青年だった。



 そんな、それぞれが勝手な思惑でごたごたとする日々が続くある朝。

 ぽわわん、と使徒が第三新東京市直上にマーブル模様の影を見せた。

 ネルフ本部の慌ただしい一日の始まりだった。

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