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第21話「奇跡の価値は、使徒侵入」

 使徒が降る。

 ATフィールドの衣まとって第三新東京市をめざして。

 碇シンジに言わせれば、「宇宙遊泳に飽きちゃったから、一休みするつもりなんじゃないのかな」だったし。

 惣流アスカに言わせれば、「使徒なんかじゃなくて、雪でも降ってくれりゃいいのに。ああ、暑い暑い。アイス食べよ」だったし。

 綾波レイに言わせれば、「私、ニンニクラーメン、チャーシュー抜き」だった。

「あ、あんたたちねえ……」

 葛城ミサトは、あまりといえばあまりなチルドレンたちの態度に、握りしめた拳をぷるぷると震わせた。

 そんな反応をかえされた日には。

 口調は軽いが内心は緊張でびくびくもので、はっきり言ってかなり悲壮な決意を胸に秘めて「規則じゃ遺書を書くことになってるけど?」とか告げた自分が、まるで道化ではないか。

 今時のガキの気持ちは分からんと、十四歳の頃の苦い苦い思い出をひきずって未だに使徒への復讐に命賭けてる己の人生が、なんだかたまらなく馬鹿げた話に思えてきてしまった。腰掛けようとした椅子をひょいとずらされたような、憤りと頼りなさ。

 まるでちょいとお買い物という風情で出撃してしまった子どもたちを見送って、なんとも言葉がない。

「子どもたちだけ危ない目にあわせられないですよ」

 と葛城ミサトへの思慕と忠心まるだしにしてかっこよく(本人談)微笑んだ日向マコトの頭を、葛城ミサトはポコペンと張った。

「いいのよっ! なんもこんなことに悲壮になる必要ないのよ。待避しなさい。待避して落ちてくる使徒でも見上げながら酒でも飲んでなさい!」

 しくしくと肩をふるわせ同僚の青葉シゲルに慰められる日向マコトを横目に見ながら、赤木リツコは溜息をついた。

「なにを荒れているのよ?」

「ふん」

 と鼻息までも荒い葛城ミサト。じろりと睨み付けた。

「あんたもね」

「なにが?」

「あの子たちと一緒ってこと。いやに落ち着き払っちゃって。その自信はどっから来るわけ?」

「なに言ってるの」

 と呆れた様子で赤木リツコはずずっと珈琲を飲んだ。

「使徒を受け止めるなんて無茶なこの作戦を考え出したのはあなたでしょう? 司令も副司令もいらっしゃらないんだし、責任者のあなたが落ち着かなくてどうするのよ」

「その通りよ。だからこそ、どれほど危険かってこともわかってんのよ」

 ぎりと歯を噛みしめる。

「なのにシンジくんたちにはまるっきり緊張感ってもんがないし。あんたはあんたで。反対のひとつもされるかと思えば、そう分かったわで平気な顔、してっし」

「反対されたかったの?」

「そうじゃないわよっ」

 そうじゃないが。

 なにか自分だけが蚊帳の外におかれているような疎外感。

 とても大事ななにかを、自分一人が知らされていないのではないかと疑ってしまうような心許なさ。

 くじは当たらないが、それ以外の勘は冴えている作戦部長だった。本人の認識以上に核心をついていたのだが。

 といって真実にたどりつけるはずもなかった。いらいらと焦燥ばかりがつのる葛城ミサトである。

「だいたいさあ、あんたの出してきたデータ、マジなんでしょうね?」

 使徒の落下予想点をピンポイントで指示された。

 ミサトの見立てでは、そこまでは絞りきれず、かなり間隔を置いてエヴァを配置しなくてはならないだろうと思っていたのに、赤木リツコは「ここ」と、誤差100メートルなどという精密さで算出してきたのだ。

「MAGIの能力を馬鹿にしないでね?」

 とリツコ博士はゲンドウばりのにやり笑いを頬に浮かべた。

 もちろん本当は、使徒の気まぐれなどいくらMAGIでも予想できるわけはないし、さらに誤差は100メートルどころか10メートルもなくばっちり落下点を指摘できるわけだけれど。

 知っているから、とは言えないので、危険のない程度に散らせたのだった。

「ともかく。指揮官なら指揮官らしく、どっしりと落ち着いたらどう? 碇司令を見習ってね」

 しらじらと告げる赤木リツコの横顔を照らすメインスクリーンでは。

 ぴったり予想点に落下してきたビヨビヨニョイ〜ン型使徒が、初号機のプログナイフにコアを引き裂かれていた。



 ミサトの気持ちも分からないではないけれど、ね。

 キーボードの上に指を神速で走らせながら、赤木博士は思う。

 そりゃあ、自分だって最初は信じられなかった。

 ゲンドウの言葉が耳に残る。

「リツコくん、本当に……」

 彼は嘘つきなのか、それとも本音を漏らしても疑われてしまうような不器用な男だったのか。

 どちらにせよ、銃弾は自分の胸を貫き、なにもかもは終わったはずだった。

 終わったはずだったのに。

 ふわと意識が戻ってしまった。

 ぷかぷかとLCLに浮かぶ自分に気付いた。

 そして、胸を撃たれたはずなのに、痛いのは頭だった。

 なぜか葛城ミサトの腕に抱かれて、なぜか初号機が目の前にあって、なぜか碇シンジが叫んでいて、なぜかゲンドウが高みから見下ろしていて、なぜか綾波レイが包帯ぐるぐる巻きされてシンジに迫っていた。

 死後の世界? と思うほど非科学的ではなかったし、サードインパクトの結果? と思うほど楽観的ではなかった。

 理由は分からないが、科学者は事実を見つめるところから出発するものなのである。自分があの使徒との戦いをやり直しているのだと。それを納得するまでには、いくらもかからなかった。

 そして、どうやら碇シンジと綾波レイも、同様に時を遡っているらしいと気付くのもすぐだった。

「さすが先輩……!」

 神速のキーボード捌きに向けられた伊吹マヤの憧憬の眼差しに軽く微笑み返しながら、赤木リツコ博士の回想は続く。

 アダムの喪失でいろいろ予定が変わっているから……急がないとね。ぐずぐずしていると、シンジくんとの約束も果たせないわ。

 人類補完計画が成功したのかどうかは、碇シンジの話からはよくわからなかった。依代になったという碇シンジが神にもなれず、今ここにこうしているところから、多分失敗だったのだろう。少なくともゼーレやゲンドウが考えていた形では。

 碇ユイ博士の思惑通りだったのかどうかまでは分からない。ユイ博士とはさほど親しく話したこともなかったし。

 ただ、碇シンジが時を遡った理由には、ほんのちょっぴり驚いた。

「もう一度会いたい人がいるんです」

 そう言ってはにかむから、さて惣流アスカのことか、あるいは霧島マヤのことか、それとも眼鏡のなんとか……名前は忘れたが、なにしろ誰か女の子と思ったらば、相手は使徒だという――渚カヲル、最後の使者だ。

 仕組まれた子どもとしてエヴァを駆りながら、使徒として生まれ覚醒した存在に思慕を募らせてしまうというのは、考えてみれば皮肉なことだし、退廃というか退行というか、そんな気もするけれど。

 不器用なあの人の子どもなのだから、それも納得できる話なのかも知れない。

「どうやったら、少しでも早くカヲルくんに会えますか?」

 などと見つめてくる少年を可愛いと思えたのも、これまた自分でも驚きだった。

 以前の自分なら、くだらないと歯牙にもかけなかったような。

 ひどく歪んではいたが、母性本能がくすぐられてしまった気がした。それはやはり。

 ……殺されてしまったというのに、わたしはあの人のことが本気で好きだったのかしら?

 そうなのだろう、たぶん。

 自分だって、カスパーにさえ裏切られなければ、なにもかも、人類を道連れに無理心中を図っていたところなのだ。まるで小説にでも出てきそうな壮絶な愛ってやつを、実際にやってしまった。

 恥ずかしい。

 恥ずかしいから、こうなった限りは突っ走るしかないのだ。

 赤木リツコ博士は決意していた。

 あの人には信念を曲げてもらって、私と結婚してもらおう。

 人類補完計画はどちらにせよやらなくてはいけないだろうけど、ゼーレのものでも、ユイ博士のものでも、碇司令のものでもなく、赤木リツコによる人類補完計画を、と。

 第一歩は、シンジの望み通り、再びの渚カヲルとの破局に向かわない邂逅を。

 そのためには。

「ともあれ、ダミーシステムを組み上げなくては、ね」

 ぽつり漏らした言葉に、感嘆してリツコの指先を見つめていた伊吹マヤの顔が曇った。

「先輩……」

「納得できない?」

 前にもこんなやりとりをしたわね、とリツコ博士は内心でくすくす笑いながら。

「潔癖性はね、辛いわよ?」

「それは……わかっていますけど」

 まだまだ子どもね、と馬鹿にする気にはならず、こんな潔癖性の子も悪くはないわと思ってしまうところが、これも自分の成長なのだろうか。

「まあ、それもいいわ。とにかく、オートパイロットが組み上がれば、あの子たちだって楽をできるもの」

「はい」

 どこか優しい口振りのリツコの言葉に頷いた伊吹マヤは、自分のコンソールのモニタに向かった。

 向かってから。

『ほら、お望みの格好になったわよ。17回も垢を落とされてね……って、ファースト、こら、シンジに抱きつくんじゃない!』

『ああっ、綾波っ』

『あんたも、こら、ぼ、膨張させてんじゃないわよ!』

『ああっ、痛いって、アスカ!』

 なにやら楽しそうな……いや中学生にあるまじき行為にふける全裸の子どもたちに眉をひそめた。

「……ふけつ」

 やれやれ、と頭をふる赤木リツコ博士。

 シンジくんもいまいち、一貫性がないわね。それもまあ可愛いけど。

「あんたたち、何、ふざけてんの!?」

 怒鳴りつける葛城ミサトにわずかに同情しながら、赤木リツコはもうすぐ活動し始めるであろうシグマユニットのタンパク壁をモニタで確認するのだった。

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