第18話「マグマダイバー2」
浅間山山頂部にある地震研究所。
旧東京大学地震研究所の火山観測所とは別物である。セカンドインパクトの影響で活発化してしまった環太平洋火山帯の定点観測所のひとつとして、日本政府が設置している。
もっとも現在、火山活動は落ち着いた状態にあり、いつもなら職員がのんびりと雑談を交わしながら、自動観測機械類のメンテナンスだけを行なっているような閑職なのだが。
今は違った。
国連からやってきた見知らぬ連中が、本来の職員を端へ追いやり、観測管制室を占拠してしまっている。
その占拠組の親玉は、美人だがきつそうで偉そうな若い女。ネルフ本部葛城ミサト一尉、と名乗った。国連の特務権限をつきつけ、機材を接収してなにやら勝手に作業をはじめるその姿に、職員たちはいやな女だと思ったが。
すぐに印象はまた変わった。鬼のような女だ、と。
何も言うまい、びくびくと遠巻きに指揮するその様子を伺う。
「これ以上は危険ですよ」
一緒に乗り込んできた眼鏡をかけた若い部下らしい男までも躊躇いを見せる状況なのに、この女は冷たく言い切った。
「いえ、あと500。お願い、日向くん」
スクリーンに映る映像は、火口から吊り下げられた耐熱耐圧特殊観測船のものだ。
灼熱のマグマの中に深く沈降し、なにかを探しているらしい。
しかしいくら溶岩の中に潜ることを目的としてつくられた耐熱耐圧特殊船といっても、沈潜できる深度には限界があるというのに。
怯える職員に、葛城ミサト一尉は頷いた。
「大丈夫。壊れたらうちで弁償します」
「でも」
そういう問題じゃないだろう、と職員たちは思う。
「人が乗っているんですよ?」
「まだ、行けるわよね? 加持くん?」
『……あ、ああ。続けてくれ、葛城。大丈夫だ』
内容は気丈だが、その声は震えている。
マグマダイバー加持リョウジの声は、雑音の混じるスピーカー越しに弱々しかった。
「バカシンジ! なあに辛気くさい顔、してんのよ?」
せっかく修学旅行に来れたというのに、その顔はなんだと非難の惣流アスカ。
沖縄本島から慶良間へ向かうフェリーのデッキで、ひとり東の海をながめて溜息をついている少年の背中をどやしつけた。
「楽しくないっての?」
「だってさ」
溜息混じりの浮かない顔で、碇シンジは抗議した。
「アスカだって分かってるじゃないか。こんなとこでのんびりしてる場合じゃないんだよ」
「なにがよ」
「だから使徒だよ。アスカだろ、前の時に潜ったの」
「ああ。あのこっぱっずかしいD型装備でね。なによ、あんた」
顔をぐいと近寄せ、可愛い眉を剣呑につり上げて睨み付ける。
「またあたしにあんな格好しろってえわけ? ダルマみたいなみっともない姿でマグマの中に入れって……だれがダルマよ!?」
ひとりつっこみしないでよ、と碇シンジは首をふる。
「そんなこと言ってないよ。だからさ、今度はぼくが潜るから残ってたかったのに」
「はあん?」
惣流アスカは厭味そうに口の端を歪めた。
「えらく英雄ぶっちゃってさ。使徒退治は無敵のシンジさまにお任せ? はいはい、どうせあたしは前もあんたに助けられちゃったわよ。情けなくて悪うございましたわね」
「違うって……」
「そんなら意地でも残ってたら良かったじゃない。結局修学旅行に来てる癖にうじうじと。女々しいわねっ」
「そりゃ残るって言ったさ。行かないって言ったんだけど」
「じゃ、どうして」
「無理矢理追い出されちゃったんだよ、リツコさんに」
「リツコ?」
惣流アスカは、ふっと考え込むような仕草を見せた。半目に伏せられた睫毛が震える。
「あのマッド女も、なに考えてんのか分かんないわね。だいたい、あんたを引き取ったりしてるし」
「そんなふうに言うもんじゃないよ、アスカ」
「ああん?」
と再び詰め寄る惣流アスカ。
「バカシンジ! あんたまさかリツコと……その、お、おかしな仲になってっとか……」
「な、なに言ってるんだよ、アスカ……。そんなわけないじゃないか……」
とまあ、この二人は剣呑に言い争いをしているのであるが、くっつきあって顔を赤く染めたりしているようなところは、傍目にはいちゃついているように見えるわけで。
ガチャガチャン。
と二人の足下にジュースの空き缶が投げつけられた。
「おい、碇!」
立ちはだかっているのは、修学旅行に来ても相変わらずのむさいジャージ姿の鈴原トウジ。
暑いのだろう、汗をかいている。暑いなら、脱げばいいのに。
「ちゃうわい! この色欲魔人が。どこでもここでもいちゃつきおって。そのせいで汗が吹き出るんじゃ」
「なにも言ってないって」
「うるさいわい。碇。お前とはいっぺん勝負つけたらなあかんと思とったんや」
ぐぃっと拳を突き出した。
黒のジャージが怒りに燃えている。
「勝負って……トウ……鈴原くんのほうがぼくより大きいと思うよ、うん」
前世では三馬鹿トリオなどと仲の良かった彼とも、結局、今回はにらみ合ったままの碇シンジ。色々とひきずっているものは多いから、あえて仲良くなろうとも思わないのだが。
こういうのもちょっとね、と、やや逃げ腰でそう答えた。
なんの話してんのよ、ばか、と惣流アスカは何度も見せられたつまらないものを思い出して、さらに頬を赤く染めた。
その様子に鈴原トウジの炎はさらにさらに油注がれ大きく燃えた。
「がああ。なんでもええわい。ちょっと三本松までつきあえや」
決闘といえば松林が定番らしい、トウジの頭の中では。
フェリーの上に松林があるわけもないので、たぶん、船尾のほうに建っているマストの辺りのことなのだろう。生徒たちは立ち入りを禁止されているので、人けはない。
「次から次へとおなごを喰いもんにする魔人は、わしがこの手で成敗しちゃるわい」
「なに言ってるんだか」
惣流アスカは、はあっと溜息をついた。
「そういや、あんたのイソギンチャクはどうしたのよ、シンジ?」
「イソギンチャクって?」
「ファーストよ。ファースト。いっつもあんたにへばりついてるじゃない」
それって腰巾着でしょ、とはシンジは突っ込まなかった。
オッサンではないので、くだらない連想をしてにやけることもない。
変なたとえだなと軽く流して、首を捻る。
「さあ? 旅行に来てからはあんまり側に来ないけど」
でも、リツコさんの話じゃ、綾波が修学旅行に乗り気だったって聞いたけどね、と言われて惣流アスカはまたも考え込んだ。
むうう。あやしいわね。ファーストの奴、なんか企んでるんじゃあ?
「使徒、どうなってるんだろう」
いたい、いたい、堪忍や、イインチョ、と洞木ヒカリに耳をひっぱられていく鈴原トウジの後ろ姿を見ながら、ひとりごちるシンジだった。
さて、綾波レイ。
フェリーの船室で、ひとりしずかにぐふふと微笑んでいる。
「べたべたしすぎは逆効果なの」
というのは、レイがシンジにぴったりと寄り添っているところを見た赤木博士が、己のアドバイスの誤解を悟って、言い直した言葉。
赤木博士の言うことは信用できるの、とかなり洗脳されてしまっていた綾波レイは、そこで仕方なく、シンジにまとわりつくのはやめにしたのだが。
「ここというところで碇くんにインパクトを与えるの。それがいいの」
代わる具体策はやっぱり授けられなかったので、抽象的な助言を綾波レイなりに悩み解釈した。
参考資料は、初めて図書館で借りるのではなく本屋で買ってきた恋愛ハウトゥ本。
たいていそんな馬鹿げた本は、男性用の猥褻本であるのだが、綾波レイがそれに気付くことなど無かった。
「いつもと違う場所で。いつもと違う格好で。それで碇くんは私にめろめろ」
というわけで無理を押し通した修学旅行参加なのであった。
その手に持つのは。水着である。
以前着ていたような純白のワンピースではない。それはすでにシンジも見ているから、インパクトはあるまい。
恋愛本に勧められていたような水着。
なぜか、ターミナルドグマの使われていないロッカーに入っていたのを見つけてきた。
どうやら、ばあさんかユイ博士が碇司令の歓心を買うために秘蔵していたものらしい。前世紀の遺物とも言えるような、ほとんどただの紐に近い極小の布きれだった。
身長のまるで合わないはずのレイでも、それはきついくらい。
ほとんど、どこも隠しはしないだろう。何も着ていないほうがマシと思えるような。
「明日はいよいよ、スクーバダイビング実習。これを着て碇くんの前に立つの。完璧な作戦なの」
羞恥心はあるが、自分が関心を持っていない人物は石ころ同然と考える綾波レイでこそ思い浮かべえた作戦だったろう。
明日のその時を妄想して、ふふふと恍惚に紐ビキニを掲げる綾波レイであった。
制服の上をはだけて、素肌に合わせてみたりもする。
「あ、あんた、ばかあ?」
偵察とばかりにレイの様子を探りに来た惣流アスカは、その姿に頭を抱えてうずくまった。
その後ろでは、碇シンジが鼻血を吹き出してぶったおれていた。
旧東京大学地震研究所の火山観測所とは別物である。セカンドインパクトの影響で活発化してしまった環太平洋火山帯の定点観測所のひとつとして、日本政府が設置している。
もっとも現在、火山活動は落ち着いた状態にあり、いつもなら職員がのんびりと雑談を交わしながら、自動観測機械類のメンテナンスだけを行なっているような閑職なのだが。
今は違った。
国連からやってきた見知らぬ連中が、本来の職員を端へ追いやり、観測管制室を占拠してしまっている。
その占拠組の親玉は、美人だがきつそうで偉そうな若い女。ネルフ本部葛城ミサト一尉、と名乗った。国連の特務権限をつきつけ、機材を接収してなにやら勝手に作業をはじめるその姿に、職員たちはいやな女だと思ったが。
すぐに印象はまた変わった。鬼のような女だ、と。
何も言うまい、びくびくと遠巻きに指揮するその様子を伺う。
「これ以上は危険ですよ」
一緒に乗り込んできた眼鏡をかけた若い部下らしい男までも躊躇いを見せる状況なのに、この女は冷たく言い切った。
「いえ、あと500。お願い、日向くん」
スクリーンに映る映像は、火口から吊り下げられた耐熱耐圧特殊観測船のものだ。
灼熱のマグマの中に深く沈降し、なにかを探しているらしい。
しかしいくら溶岩の中に潜ることを目的としてつくられた耐熱耐圧特殊船といっても、沈潜できる深度には限界があるというのに。
怯える職員に、葛城ミサト一尉は頷いた。
「大丈夫。壊れたらうちで弁償します」
「でも」
そういう問題じゃないだろう、と職員たちは思う。
「人が乗っているんですよ?」
「まだ、行けるわよね? 加持くん?」
『……あ、ああ。続けてくれ、葛城。大丈夫だ』
内容は気丈だが、その声は震えている。
マグマダイバー加持リョウジの声は、雑音の混じるスピーカー越しに弱々しかった。
「バカシンジ! なあに辛気くさい顔、してんのよ?」
せっかく修学旅行に来れたというのに、その顔はなんだと非難の惣流アスカ。
沖縄本島から慶良間へ向かうフェリーのデッキで、ひとり東の海をながめて溜息をついている少年の背中をどやしつけた。
「楽しくないっての?」
「だってさ」
溜息混じりの浮かない顔で、碇シンジは抗議した。
「アスカだって分かってるじゃないか。こんなとこでのんびりしてる場合じゃないんだよ」
「なにがよ」
「だから使徒だよ。アスカだろ、前の時に潜ったの」
「ああ。あのこっぱっずかしいD型装備でね。なによ、あんた」
顔をぐいと近寄せ、可愛い眉を剣呑につり上げて睨み付ける。
「またあたしにあんな格好しろってえわけ? ダルマみたいなみっともない姿でマグマの中に入れって……だれがダルマよ!?」
ひとりつっこみしないでよ、と碇シンジは首をふる。
「そんなこと言ってないよ。だからさ、今度はぼくが潜るから残ってたかったのに」
「はあん?」
惣流アスカは厭味そうに口の端を歪めた。
「えらく英雄ぶっちゃってさ。使徒退治は無敵のシンジさまにお任せ? はいはい、どうせあたしは前もあんたに助けられちゃったわよ。情けなくて悪うございましたわね」
「違うって……」
「そんなら意地でも残ってたら良かったじゃない。結局修学旅行に来てる癖にうじうじと。女々しいわねっ」
「そりゃ残るって言ったさ。行かないって言ったんだけど」
「じゃ、どうして」
「無理矢理追い出されちゃったんだよ、リツコさんに」
「リツコ?」
惣流アスカは、ふっと考え込むような仕草を見せた。半目に伏せられた睫毛が震える。
「あのマッド女も、なに考えてんのか分かんないわね。だいたい、あんたを引き取ったりしてるし」
「そんなふうに言うもんじゃないよ、アスカ」
「ああん?」
と再び詰め寄る惣流アスカ。
「バカシンジ! あんたまさかリツコと……その、お、おかしな仲になってっとか……」
「な、なに言ってるんだよ、アスカ……。そんなわけないじゃないか……」
とまあ、この二人は剣呑に言い争いをしているのであるが、くっつきあって顔を赤く染めたりしているようなところは、傍目にはいちゃついているように見えるわけで。
ガチャガチャン。
と二人の足下にジュースの空き缶が投げつけられた。
「おい、碇!」
立ちはだかっているのは、修学旅行に来ても相変わらずのむさいジャージ姿の鈴原トウジ。
暑いのだろう、汗をかいている。暑いなら、脱げばいいのに。
「ちゃうわい! この色欲魔人が。どこでもここでもいちゃつきおって。そのせいで汗が吹き出るんじゃ」
「なにも言ってないって」
「うるさいわい。碇。お前とはいっぺん勝負つけたらなあかんと思とったんや」
ぐぃっと拳を突き出した。
黒のジャージが怒りに燃えている。
「勝負って……トウ……鈴原くんのほうがぼくより大きいと思うよ、うん」
前世では三馬鹿トリオなどと仲の良かった彼とも、結局、今回はにらみ合ったままの碇シンジ。色々とひきずっているものは多いから、あえて仲良くなろうとも思わないのだが。
こういうのもちょっとね、と、やや逃げ腰でそう答えた。
なんの話してんのよ、ばか、と惣流アスカは何度も見せられたつまらないものを思い出して、さらに頬を赤く染めた。
その様子に鈴原トウジの炎はさらにさらに油注がれ大きく燃えた。
「がああ。なんでもええわい。ちょっと三本松までつきあえや」
決闘といえば松林が定番らしい、トウジの頭の中では。
フェリーの上に松林があるわけもないので、たぶん、船尾のほうに建っているマストの辺りのことなのだろう。生徒たちは立ち入りを禁止されているので、人けはない。
「次から次へとおなごを喰いもんにする魔人は、わしがこの手で成敗しちゃるわい」
「なに言ってるんだか」
惣流アスカは、はあっと溜息をついた。
「そういや、あんたのイソギンチャクはどうしたのよ、シンジ?」
「イソギンチャクって?」
「ファーストよ。ファースト。いっつもあんたにへばりついてるじゃない」
それって腰巾着でしょ、とはシンジは突っ込まなかった。
オッサンではないので、くだらない連想をしてにやけることもない。
変なたとえだなと軽く流して、首を捻る。
「さあ? 旅行に来てからはあんまり側に来ないけど」
でも、リツコさんの話じゃ、綾波が修学旅行に乗り気だったって聞いたけどね、と言われて惣流アスカはまたも考え込んだ。
むうう。あやしいわね。ファーストの奴、なんか企んでるんじゃあ?
「使徒、どうなってるんだろう」
いたい、いたい、堪忍や、イインチョ、と洞木ヒカリに耳をひっぱられていく鈴原トウジの後ろ姿を見ながら、ひとりごちるシンジだった。
さて、綾波レイ。
フェリーの船室で、ひとりしずかにぐふふと微笑んでいる。
「べたべたしすぎは逆効果なの」
というのは、レイがシンジにぴったりと寄り添っているところを見た赤木博士が、己のアドバイスの誤解を悟って、言い直した言葉。
赤木博士の言うことは信用できるの、とかなり洗脳されてしまっていた綾波レイは、そこで仕方なく、シンジにまとわりつくのはやめにしたのだが。
「ここというところで碇くんにインパクトを与えるの。それがいいの」
代わる具体策はやっぱり授けられなかったので、抽象的な助言を綾波レイなりに悩み解釈した。
参考資料は、初めて図書館で借りるのではなく本屋で買ってきた恋愛ハウトゥ本。
たいていそんな馬鹿げた本は、男性用の猥褻本であるのだが、綾波レイがそれに気付くことなど無かった。
「いつもと違う場所で。いつもと違う格好で。それで碇くんは私にめろめろ」
というわけで無理を押し通した修学旅行参加なのであった。
その手に持つのは。水着である。
以前着ていたような純白のワンピースではない。それはすでにシンジも見ているから、インパクトはあるまい。
恋愛本に勧められていたような水着。
なぜか、ターミナルドグマの使われていないロッカーに入っていたのを見つけてきた。
どうやら、ばあさんかユイ博士が碇司令の歓心を買うために秘蔵していたものらしい。前世紀の遺物とも言えるような、ほとんどただの紐に近い極小の布きれだった。
身長のまるで合わないはずのレイでも、それはきついくらい。
ほとんど、どこも隠しはしないだろう。何も着ていないほうがマシと思えるような。
「明日はいよいよ、スクーバダイビング実習。これを着て碇くんの前に立つの。完璧な作戦なの」
羞恥心はあるが、自分が関心を持っていない人物は石ころ同然と考える綾波レイでこそ思い浮かべえた作戦だったろう。
明日のその時を妄想して、ふふふと恍惚に紐ビキニを掲げる綾波レイであった。
制服の上をはだけて、素肌に合わせてみたりもする。
「あ、あんた、ばかあ?」
偵察とばかりにレイの様子を探りに来た惣流アスカは、その姿に頭を抱えてうずくまった。
その後ろでは、碇シンジが鼻血を吹き出してぶったおれていた。