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第12話「決戦、第3新東京市2」

 さて時間は10日ばかり遡る。

 ここは第三新東京市郊外、二子山山頂。満月が蒼く静かに、銀糸の光を投げかけている。

 それに染まるのは、綾波レイ。

 身体をぴったりと覆って、その清楚な膨らみに妖艶さを添えるプラグスーツが、少女をいやまして魅力的に飾る。

 はっきりいって、全裸でいるより遙かに悩ましい、と碇シンジは思う。中学生の分際で、とてつもなく贅沢な状況にあるやつであった。

 ところが少女のほうは、自分の魅力には気付いていない。コスプレの趣味なんぞはもちろんないから。

 プラグスーツ、じゃま。これでは碇君に脱がせてもらえない。

 そんなことを思ってる。

 だから。

「あ、あのさ、綾波。そんなにくっつかないで」

「……なぜ?」

 少年が照れているとは気が付かない。裸でないぶん、せめて温もりくらいはと、ぴたり寄り添い押しつける。

 ヤシマ作戦決行前の緊迫した待機時間とは、整備員たちにはとても思えないのであった。やってらんねーよ。

「なぜって。だってさ。みんな見てるし」

「問題ないわ」

 すりすり。

 まあ、その顔色に恥じらいの表情がないのだけは救いか。プラグスーツに対して理不尽な怒りをおぼえているから、態度と裏腹に綾波レイの貌は冷たい。

 これで、ほんのり頬赤らめてうつむき加減にされでもしようものなら、シンジの理性などふっとんで、ここがエヴァンゲリオン昇降機のタラップの上で、すぐ横には無骨な初号機の装甲があり、下ではわっせわっせ汗水垂らしてアリの如く働いている整備員たちがいることなどすっかり忘れ、綾波レイを押し倒してしまっていたかも知れない。

 レイの表情がどうであれ、押しつけられた髪の甘い香りが鼻をくすぐるし、薄いプラグスーツ越しに柔肌の温もりがひたひた伝わってくるし。

 膨張すると痛いのである。

「綾波は……怖くないの?」

 最後の理性で話題を変えようとした。

 そういや前の時は、ここで絆がどうとか……よくわかんない会話をしたよなあと。

「大丈夫」

 と綾波レイはこくりとうけおった。

「碇くんは私が守るもの」

「守るもの……って。ディフェンスは僕じゃないか」

 ぶつくさとこぼすシンジだった。



 なにがどうなったかは分からないが、今回のヤシマ作戦の砲手は、レイに割り当てられていた。

 見た目には急場しのぎのがらくたにしか見えない――実際、以前の時もあんまり役だったようには思えないつぎはぎの盾をもって防御に回るのは、初号機とシンジに命令された。

 葛城ミサトが、加粒子砲に心臓撃ち抜かれたレイに遠慮したためか。あるいは赤木リツコの気の迷いか。

 ともかく、立場が逆転していた。

 熱いだろうなあ、嫌だなあ。

 と、シンジは思っていた。綾波レイが傷つくことを望んでいたわけではもちろんないが、痛いのはいやなのである。正直だ。

 渚カヲルを迎える前に死んでしまったのではやりきれない。

「うまく……いくよね?」

 不安げなシンジに、綾波レイはこくこくと頷く。

 この時、レイの考えていたことを知っていたなら、シンジは逃げ出したかも知れなかった。



「どうしたの、レイ!? 発射よ!?」

 日本中のエネルギー、あなたに預けられた綾波レイだが、いっかなその指は引金をしぼらない。

 うぎゃあ、とか、あつい、とか、あやなみ〜、とか。

 使徒からの加粒子砲で白熱する初号機からは悲壮な通信が入ってくるが、綾波レイは動かない。

 前世において。同時発射による干渉のために射線が乱れ命中せず、却って危険が増したことを知っているから。

 わざとタイミングをずらしている。

 と沸き返るLCLの中で碇シンジは歯を食いしばりながらそんなことを推測したが、違っている。

 同時に撃とうが、ずらして撃とうが、干渉するなら射線は乱れるだろう。前世で二発目が命中したのは、ただの偶然だ。綾波レイは知っている。

 だから、下手をすると今回は、一発目で命中してしまうかも知れない。

 一発目で命中して、危なげなく使徒を殲滅できてしまったら――おもしろくないのだ。

「うまくいったね」

 そんな一言でこの作戦を終わらせてしまったのでは、悲しすぎる。うち寂れたマンションで押し倒してももらえなかったし、病室でおっぱいぷるるん作戦も失敗したし。

 残る最後のチャンス、傷つきながら碇君を守ってにっこり作戦も、攻守交代のために使えなくなった。

 ならば。

 傷ついた碇君をエントリープラグから助け起こして「あなたを守ったの」作戦しかない!

 そのためには、碇君にはちょいと痛い目をみてもらおう。そのほうが感激も高まるの。

 なのだった。

 タイミングをずらせたその射撃が外れたらどうするのか? そこまでは綾波レイは考えない。

 当たるだろう、だって、そうしないとお話がおわっちゃうもの、ではなくて。

 リリスをなめてはいけないの、あんな使徒くらい、おちゃのこさいさい、なのであった。

 その気になればアンチATフィールドだって使えることだし。



 というようなわけで、うふふのふ、とタイミングを見計らっていた綾波レイだが。

 熱いよ痛いよの碇シンジのほうは、そんなの知ったことではなかった。

「くそうぉ!」

 なんだか分からないけれど、綾波レイの陽電子砲は発射されない。たぶん、トラブルだろう。このまま黙って待っていたら――死んじゃうかも。

 そう思った途端、きれた。脳の血管が。ぶちりと。

「うわああああああ!」

 リリスをなめてはいけないが、初号機をなめてもいけないのである。

 ぶちきれたシンジを受け止めた初号機は、無敵の暴走モードにはいったのであった。



「どうして。どうしてそういうことするの?」

 陽電子砲を取り落とし、綾波レイは微かに喉をふるわせた。

 眼下では。

 アンビリカル・ケーブルをひきちぎって二子山を猪の如くに駆け下りた初号機が、都市のど真ん中で使徒をタコ殴りにしている。

 精緻な立方体が、今はもう、がくがくぼろぼろの割れガラスだ。

 もはやATフィールドをはる根性もなし。すぐに息の根止まり、パターン消失だろう。

 つまり。

「そう、役立たず。わたしは用済み?」

 万策つきた綾波レイと零号機。

 ただただ呆然と、二子山山頂に立ちすくんだ。





「というようなことが……あってさ」

「……ふうん、それで?」

 いったいその話のどこが言い訳になんの? と惣流アスカは眉をつりあげた。

「いや、それで、あの」

「だれも今までの戦闘がどうだったとか訊いてんじゃないのよ」

 おどおどもごもごと呟くシンジにアスカの氷の声がふる。

「なんであんたがファーストと、そんなにいちゃいちゃくっつきあってんのかって訊いてるわけ」

 鬼面の惣流アスカが仁王立ちにシンジとレイを睨み付けているのは、市立第壱中学校の教室であった。

「あの女、だれやねん?」

 鈴原トウジは、また教室の隅でぼそりと呟いた。

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